Archives: 2024年2月25日

桂木先生その2

三年、四年、五年の3年間担任だった2組担任桂木先生の朝の読書時間

隣の一組は、自分の家や図書館で借りた本を朝の15分間読む読書タイムがありました。

2組は、桂木先生が選んだ本を15分朝読み聞かせてくれました。その時間もあり、毎年担任発表の時は、桂木先生にと、願ってました。

三年間で、長編を読んでくれました。

中でも1番好きだったのが

「長靴下のピッピ」でした。

憧れました。学校から帰っては、チグハグの靴下を父の靴下から選び

ピッピが乗っていた馬の変わりに

飼っていた秋田犬を持ち上げようとしたり

乗ろうと試みたり

(結局、嫌がって動いてはくれませんでしたが)

長めの枝を折って土手を歩いて気分はピッピ

五年生になっても、桂木先生は本を読み聞かせてくれました。

「この後、どうなるんだろう」

「どうして、そうなったのか」と

次の日までが楽しみでした。

あの頃の気持ちが懐かしくて

子どもたちには.毎晩本を読み聞かせました。

幼稚園の時は、8時から45分間、絵本にすれば15冊

同じ世界観を感じながら過ごす時間は

気持ちもリラックスさせてくれます。

絵本の読み聞かせは

大切なコミュニケーションタイムと

現実とは違う

もう一つの世界を作ってくれます。

45分間は、6年続けました。

小学校になると「長靴下のピッピ」も

もちろん読みました。

桂木先生は

もう一つの世界を教えてくれた先生です。

先生は三年間千乃先生のいる小学校で過ごし

転勤されました。五年の夏休みに毎日つけていた日記を夏休み読んでもらいました。

最後のページ

「本が好きになりました」というところに

赤ペンで大きな花丸が書いてありました。

ポラリス生年長さんは

スラスラと一人で漢字混じりの本を読めるお子さんが沢山います。

ですがまだまだ読み聞かせはとても大事です。

絵本は(心のご飯)だからです。お母さんが作ってくれる方が美味しいと思います。

もう読まなくていい。と言うまで

読んであげてはどうですか?思っているより

きっとその期間は長いはずです。


桂木先生その1

千乃先生は三年、四年、5年と3年間担任の先生が同じ桂木先生でした。

少し遠くの街から車で50分かけて通われてました。

当時36歳独身女性の桂木先生は

スタイリッシュで、きれいな青のスカイラインに乗って、校庭をぐるーと回った駐車場に車を止めてました。

後ろについているバッチがカッコよくて

カッコいい女性は、バッチがついた車に乗るのか。と思ってました。

ある日の午後、桂木先生に叱られました。

「横一列に並びなさい。歯を食いしばりなさい」

と言われて、7人が横並びに並んで

桂木先生に、ビンタされました。

千乃先生も、その時初めて顔を叩かれました。

今でも何をしたか、覚えてません。

桂木先生は、泣きながら

「甚だしいのも程がある。嘆かわしい」と

涙を流して、叱ってました。

怒ったのではなく

叱ってくれたんです。

「怒る」が自分の感情であるのに対して

「叱る」は相手のためになることを伝えること。

人としてふさわしくない言動や

「ルール違反」をしたとき

人が社会の中で生きていく上で必要であり、相手のためになることを伝えることが

「叱る」ということです。

ふさわしくない行為やルール違反に対しては不愉快な気持ちにもなるのでついつい

怒ってしまいがちですが

怒ってしまうと、相手の行動を変えるように導くことはできません。

できない。やらない。と言って

怒ってませんか?

怒りと、叱りは、違います。イライラした感情や気分で怒っては怒っては、その場だけの対処となり、子どもは、

怒り方を覚えてしまいます。

千乃先生は、三年間ほんとによく桂木先生に、叱られました。

そして、叱り方を教えてもらいました。

人を正す時

怒ったふりをする。と言う言葉が、ありますが、そこには

怒りと、叱りの違いが潜んでると思います。

大事になるのは怒りの感情をのせずに

きちんと改善点を伝えることです。

今でも

ピカピカ光った青いくるまを見ると

頬を手で触ってしまいそうになる千乃先生です。


とある能力

勉強している時にふぁーと意識が飛ぶ

話をしている最中に、違う事を考えてる

幼児に限らず大人でもいますよね。

相手の話をじっくりと聞く事ができない。

集中力がないという事です。

これは人との

コミニケーションにも関わってきます。

鈍感であれば、人の気持ちをキャッチする事はできません。

 

ファブリングをする人っていますよね。

二人でいる時に携帯ばかり触っている人

人は自分を見てくれていないと思う時です。

子どもも、ママが携帯ばかり触っていると

自分を見てくれていないと思います。

そして、その携帯はラインが来ればラインを見て

そのままYouTubeを見てあきるとSNSを見て

すぐに違うものに触れる環境といえます。

人間の最近の平均集中力は金魚より短い

平均8秒ほどだと言う時代になってきてます。

YouTubeでもショートは8秒そして、長ければ8秒ごとに効果音などが入って来ます。

TikTokもそうです。本当に短く切り替わります。

集中力を高めるには、日常から

一つ一つを丁寧に味うという事が大事です。

ご飯をじっくり食べる。食べる事に集中する

コーヒーを飲む、匂い、酸味は?苦味は?甘みは?そして、余韻は?

それが五感を研ぎ澄ます事に繋がります。

ものを雑に扱わない時間

そうすると集中力もついていき、コミ力もつき

それが、「人を大切にする」にもつながります。

五感を鍛えることで

集中力、コミニケーション能力も上がります

それだけに、その事だけに集中し丁寧に

過ごす時間をお子さんに持ってあげてください。

きっと、お友達を大切に思う心が育つと思います。

 

 

 

 

 

 


嗅覚

視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感は

外界を感知する感覚機能。五感から得た情報は脳が処理しているわけですが、

その中でも唯一

「嗅覚」だけは

感情や本能を司る大脳辺縁系に直接伝わります。他の五感は、理性を司る大脳新皮質に伝わるのが先です。

視覚、聴覚、触覚、味覚……理性、本能の順に処理される

嗅覚……本能のみで処理される

「香りが記憶に残りやすい」と言われるのは、このため!

嗅覚は、さまざまな情報に惑わされない感覚なのです。

嗅覚は、ひと昔前あまり関心ありませんでした。ですが

千乃先生も、年齢を重ねてくると

失われるものもこの先増えて来ます。

ですから今すごく嗅覚を磨いてます。

香は、記憶を呼び覚ます「鍵」

匂いは、リアルな感情を伴った追体験を想起させるきっかけとなります。

金木犀の香りで懐かしい子ども時代にしていたママごと遊びを思い出したり。

磯の香りでひと夏した初めてのアルバイトを思い出したり。

木の湿った香りで静かに見つからないように隠れていたかくれんぼを思い出します。

匂いの記憶だけは、何年も、時には何十年も記憶の引き出しに残ります。

最後に残るのが、嗅覚であるのならば

今日々の生活中で

この時の事を記憶に残したいのであれば

その事柄に、香りをつける。

お香でも

白檀、伽羅、沈香、などのお香

桃の香り、オレンジの香りのアロマを

事柄に結びつけ、この先の記憶残して「鍵」を作る事をしてます。

リアルな喜び

リアルな切なさ

リアルな愛を忘れない為に

嗅覚を研ぎ澄ます事は

人間の脳の仕組みを利用した、とても贅沢な

事なんだと思います。

たくさんの鍵を作る為

朝の匂い、夕方の匂い、美味しい食卓の思い出を作る為に

「今日の夜ご飯は何かな?匂いで当ててみて

〇〇ちゃんの大好きなものです。」

何十年先、母の料理は味覚の味ではなく

最後に残る香りで思い出すはずです。


続編。ジオジオ

ジオジオのかんむりの解釈は様々だと思います。それほどジオジオは深いお話だと思います。

 

孤高か孤立か…。

虚しさあふれる王者が鳥にみせた優しさとそれをおそれず素直な気持ちで喜ぶ鳥の姿に心が柔らかくなる。

鳥に囲まれた賑やかな日々を老いた王者は耳と心で感じ入ります。

五感の中の視覚を失っても、他の感覚で心は感じます。

ですが、嗅覚だけは別物です。

嗅覚もお話も次回しますね。


「貝殻」国語一年生

小学準備や一年生の国語の指導をする時があります。

ママ達は、国語の教科書を読んでるのかな?

算数の本ばかり、国語は漢字ばかりに気を取られてないですか?

「これなら、全然問題ない」ってパラパラとめくるだけではないでしょうか?

絵本や文庫本など

子どもと同じ物語を是非読んでそれについて、お話をしたりしてあげる事

心の世界を広げる事になります。

こんな気持ちを、今学校で勉強しているのか。って、「知る」って事はとても大事な事です。

一年生の国語に貝殻というお話があります。

入学準備中のこの時期に「貝殻」の問題プリントをして、文章について語り合いました。

お話の中に

ありがとう。本当にありがとう。

「にっこりと、しました」という文章についての話をしました。

にっこりと、クマの子はしたよね。

「嬉しいのわかる?どんな時嬉しい?」

「ゲーム」を買ってもらった時嬉しかった。

答えた男の子が、一年後一年生となり

先日、貝殻を読んで、もう一度語り合ってみました。

「あっーーーー!!!んーーー!!

僕もあげる。だって好きだから」と答えてくれました。

この一年の心の成長に感動しました。

実は千乃先生この短い文章を音読する時

泣くのを必死で堪えてます。(笑)

その後、二年国語のジオジオのかんむりのお話は、ライオンは優しいから。と冠の中で鳥を育ててくれたから

「ジオジオは、おじいちゃんになったよね」

の問いかけに、「僕のおじいちゃん筋トレしてゴルフして無茶苦茶パワフルだしなぁー」一年後、ジオジオのかんむりを語ったりあってみたいと思います。

 


ママ友を超える人

千乃先生の4人のうち3人は年子です。

五感の中の触感は特に気を使って感じさせてきました。(大阪は都会なんでね)

家の近くの公園で、子どもと一緒に

本気で、砂場で泥遊びをしていました。

服が汚れる事を気にせずに、ドロドロ

都会の公園ではなかなかない光景だった

思います。

残念なことに、公園には色んな性質の土がありません。

赤土や粘土質の土があれば、もっと楽しいのにと、思いながらも
出来上がった泥だんごを公園に隠して帰ってました。

ある日公園に行くと
同じような歳格好の子ども達が遊んでいました。

そこには、ママはいません。
3人とも、ドロドロ、夕方まで一緒に遊びました。

「お家どこ?」と聞くと

「すぐそこ」

仲良くなったので「お家まで行ってサヨナラする」って言うので、着いて行く事になりました。

ピンポーンのチャイムも、ドロドロの指で押してボタンは、ジャリジャリ

ドアを開けたママは
どろんこの我が子を見て
ニコニコ笑ってました。

「ん!遊んだ?面白かった?流して入り」と言いました。

すると、玄関の外の水道で、手足を流して
そこで服を脱いで裸ん坊になって

「バイバイ。また遊ぼ」と言い

家に入って行きました。

泥遊びを大事に思う人がいるんだ。

と嬉しくなりました。

そして、その春
幼稚園のバス停でそのママと再会することになりました。

物静かで、真面目そうで、とっつきにくい雰囲気を持ったママです。
バス停のママ達のおしゃべりに入らず

すぐにバスを見送ると、千乃先生とは反対方向でお家に向かって即効帰る人でした。

そのママとはバス停で話をする事はほとんどありませんでした。ですが

きっと、千乃先生は
このママとご縁があると思いました。

それから
25年経ち
大切な親友となりました。

どうせ、ママとも。結局、ママとも。

やっぱり、ママとも。所詮、ママとも。

その中に、あなたに本当の友達がいるかもです。五感を研ぎ澄ますと見えてくるかもですよ。


子育てが終わり思う事。

子どもは、3歳までに一生分の親孝行をする。

3才までとは言いませんが
子供の親孝行は前払いだと思っています。
始めて笑った
始めて歩いた
学校に行った
子どもの笑顔
寝顔
ひとつひとつの成長
とにかく、色んな事が嬉しいです。

親に幸せを一杯くれます。
だから、
大きくなって例え非行に走ったからと言って
、責めることは出来ませんね、
もちろん、
戦いますよ子供と向きあって。
でも、前払いで幸せをもらっているから…

子どもは、産んでください。と頼んだわけではありません。本人の意志も責任もありません。

生きるということは必ずしも
幸福なことばかりではないし
これから様々な苦労や
困難にぶつかると、思います。

「生」というものを勝手に与えたのは親)
なのです。

どんなに苦労しても精一杯愛情を注ぎ育てるのは当たり前だと思っています。

子どもは私にどんなものにも変えがたい素晴らしい贈りもの、生きる力をくれています。
これ以上の親孝行はないぐらいです。

ポラリス生もまだまだ幼い。
たくさんの幸せをママに与えてくれてます。

そして
本当の子育ての苦労を
味わうのはこれからでしょう。
それは、
今のこの喜びを忘れずにいてこそ
乗り越えていけるのではないかと思っています。

親孝行は、前倒しで一生分もらってます

成績が上がらない。
勉強しない。
プリントを嫌がる。

そんな事に、落胆せずに
大らかな気持ちで
色んなことを聞いてあげてください。と思います。

まだこの世に生まれて、三年、四年、五年です。
できない事は、たーくさん。

だけど、ママはたっぷり親孝行してもらってますよ。

子ども達が

それぞれが人生を生きてるだけで
いいのでは?!と子育てを終えて思える事の

一つです。